銀座カラー名作に学ぼう 今週の、あのセリフ

秋の夜長にぴったり。恋愛について考えさせられる名言

 

「私を欲しいなら、私を満たして」
(映画『ONCE ダブリンの街角で』より)

 

ダブリンの街角で偶然知り合った男女の行方は

 

アイルランド・ダブリンの街角でストリート・ミュージシャンをしている”男”(グレン・ハンサード)は、ある日、チェコ移民で花売りの”女”(マルケタ・イルグロヴァ)と出会います。

 

彼の歌声に魅せられた”女”と、彼女を意識しはじめる”男”は次第に、音楽について語り合うようになります。ふとしたことから彼女にピアノの才能があることを知った”男”は、自分が書いた曲を彼女と一緒に演奏することを提案。”男”がつくった楽曲に”女”が歌詞を乗せたりと、そのセッションはふたりの想像をこえたすばらしいものとなります。

 

その時、”女”が作詞したサビの部分が、紹介の一文。

 

「私を欲しいなら、私を満たして」

 

実は”女”には、事情があって離れて暮らす夫がいたのです。 一方、”男”も複雑な気持ちを抱えていました。彼のもとを離れてロンドンに行ってしまった元カノに未練を残しつつも、チェコ移民で人妻である”女”に惹かれている自分に戸惑いを感じていたのです。

 

彼女がこの歌詞をつくった際、「誰を思い浮かべて作詞したのか」この時点では謎。別居中の夫を恋しく思ったのか、はたまた新しく出会った”男”に「私を満たしてほしい。そうしたら決心するわ」とメッセージを込めたのか……。

 

この時すでにふたりのあいだには、友情とも恋愛ともわからない、不思議な感情が行き来していました。音楽を通じて「誰かへの気持ち」を伝え合う男と女。この映画にはこれ以上のシーンは登場しないといっても過言ではないほど。それがかえってふたりの本音を浮き彫りにしています。

 

「満たされること」だけが恋愛?

 

“女”が「私が欲しいなら、私を満たして」と口ずさみながら夜のダブリンを歩くシーンが、なんとも切なくて美しい! センチメンタルな旋律と歌声が重厚な街並に響きわたる時、異国で暮らす彼女の孤独にふと触れてしまった気分になるのです。この感覚、何かに似ている……。”誰か”を思い浮かべた時に伴うある種の”寂しさ”かしら? とにかく、チクチクしたあと、しっとりな気分。この感情、実は嫌いじゃないという人も多いのではないでしょうか。

 

もし彼女の歌詞のとおりに、”男”が彼女を「満たして」しまったら、おそらく瞬時に情熱的な恋愛へと彼らを駆り立てていったことでしょう。しかし、その結末は目に見えています。泥沼化して傷つけ合うくらいならば、「気持ちの輪郭をはっきりさせないまま」でいたほうがいい。だからこそ「儚くも適度な距離」が必要だったのです。

 

もうひとつの名シーンをご紹介しましょう。”男”が「別居中の夫を今でも愛しているのか」と”女”に尋ねた時、彼女は「Miluju tebe」とチェコ語を口にします。当然チェコ語が理解できない”男”は、彼女がなんと答えたのかわからないまま。実はこの箇所はスクリーン上でも翻訳されておらず、観客も彼女の気持ちがわからない状態に……。この演出は、ちょっとしびれます。

 

この映画、最初はアメリカでわずか2館のみでの公開でしたが、クチコミで動員数が増え、最終的にはなんと140館での上映となったというエピソードも。役名もなく、また劇的なセリフもなく、ひたすら男女のドラマを音楽に乗せて展開させるという手法がとにかく斬新! 余計な演出がない分ロマンチックさが際立つ、異色のラブストーリーです。秋の夜長のお供にぜひ。

 

 

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